iPhoneのスタンス

Written on 21:01 by yoshikawa ic

なぜiPhoneだと使ってしまうのか、の考察(2) - Batayan’s Log

自分も共感するところが多々あります。
普通の携帯やスマートフォンでも出来ることがほとんどなのになぜわざわざiPhoneを使うのか?どこがどう違うんだか・・とiPhoneを使っていると少なからずこういう疑問が湧いてきてしまいます。

iPhoneは基本的にビューワーとして考えられた端末だと思ってます。画像、動画、音楽、地図、メール、そしてウェブを「見る」ということに特化させたビューワー端末です。あらゆるコンテンツを最良の状態で表示、再生させることに神経が注がれているように思います。そういう意味でこれはまぎれもなくiPodの後継機種です。そのかわりこの端末上で何か作業をするということに対してはほとんど無理がある状態です。コピペさえ出来ないのはこのスタンス故だと思ってます。
単純な話、画面の付いた端末ですることといえば基本的には「見る」という行為です。iPhoneはただ「見る(聴く)」という行為のためにハードからソフトまで徹底して一つのスタンスで作り込まれたすごさを感じます。独特のタッチパネルとそれを支えるOSによってそれが昇華しています。これは今までの端末にはなかった感覚でiPhoneの基本であると思います。単純明快で非常にアメリカ的、食で言えばハンバーガー、映画で言えばハリウッド映画のようなエンターテイメント性を感じます。

携帯のほうは基本スタンスが未だに「電話機」です。非常にいろんな機能がありますが、どれも電話に付加価値を付けるための機能にかわりはありません。いろんな機能は付いてるけどその機能のためにこの端末を作ってるわけではない、これは電話なんだから、ということを肌で感じてしまいます。そのため各機能の使い勝手は取って付けた感じがあります。使う側も携帯に付属した機能だからと暗黙の了解があるんではないかと思います。
docomoケータイを使っていたときに愛用していたjigブラウザという有料ブラウザがあります。これはほんとに良く出来ていて非常に多機能でした。しかし結局は電話端末という狭い枠の中でかなり無理をして作っているというのが感覚として感じるわけです。
電話機という基本的な端末のスタンスを変えず、その周りになんの脈絡もなくいろんな機能をごてごてと貼り付けて来たのが日本のケータイ端末で、だから妙に無理があり、いびつなものになっていると感じます。
電話というコンテンツを基本にし続けるならもっとシンプルで安いものを作れるはずですが、もちろんそういうことはするはずもなく、かといって根本から新しいものを生み出すわけでもなく、通信網を牛耳る日本独特のキャリアの基本姿勢は非常に保守的です。

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